東京地方裁判所 平成10年(刑わ)1793号 判決 1998年12月24日
主文
被告人を懲役二年に処する。
この裁判確定の日から三年間刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、東京都品川区北品川五丁目八番二二号に本店を置くシャングリア株式会社の代表取締役であり、平成元年一一月二四日、同社が千代田生命保険相互会社との間で極度額三億円の根担保質権設定契約を締結し、右同日及び平成二年三月一二日の二回にわたって受領した合計一億一八〇〇万円の融資の担保として富士通株式会社発行の千株券一二枚、トヨタ自動車株式会社発行の千株券二三枚、株式会社日立製作所発行の千株券一〇枚を千代田生命保険相互会社に交付して、右富士通株式会社株式一万二〇〇〇株、右トヨタ自動車株式会社株式二万三〇〇〇株、右株式会社日立製作所株式一万株を入質し、同契約に基づき融資の返済がされるまでの間、質権者である千代田生命保険相互会社のため、質権設定者として、その質権を実効あらしめるため、右株式を担保として確保すべき任務を有していたものであるが、前記任務に違背し、右各株券についてそれぞれ紛失した旨の虚偽の理由で除権判決を得て失効させ、千代田生命保険相互会社の右各株式についての質権を喪失させた上、右各株券の再発行を受けてこれを売却処分して右シャングリア株式会社の借入金の返済資金に充てるなど右シャングリア株式会社の利益を図る目的で、
第一 平成七年一〇月二〇日ころ、株券再発行申請手続等の代行業者である東京都中央区日本橋兜町一四番九号所在の株式会社だいこう証券ビジネスあてに、前記富士通株式会社及びトヨタ自動車株式会社発行にかかる株券についての株券喪失届、株券紛失状況に関する上申書、公示催告申立て及び除権判決申立て等についての弁護士守山孝三あての委任状等を郵送して、右株式会社だいこう証券ビジネスに対し、前記富士通株式会社及びトヨタ自動車株式会社発行にかかる各株券の紛失を理由とする除権判決等の申立手続の代行を依頼し、
一 平成七年一二月八日、川崎市川崎区富士見一丁目一番三号所在の川崎簡易裁判所において、シャングリア株式会社から除権判決等の申立手続に関し委任された情を知らない代理人弁護士守山孝三をして、同裁判所に対し、右富士通株式会社発行の千株券一二枚の紛失を理由とした公示催告の申立てをさせた上、公示催告期間満了後の平成八年九月九日、情を知らない復代理人弁護士大和勇美をして、同裁判所に対し、右株券についての除権判決の申立てをさせ、同月二四日、同裁判所から右株券の無効を宣言する旨の除権判決を得、右株券を失効させて千代田生命保険相互会社の同株式についての質権を喪失させ、よって、同社に右富士通株式会社株式の時価総額である一一九八万八〇〇〇円相当の財産上の損害を加え、
二 平成七年一二月二一日、愛知県豊田市十塚町一丁目二五番地の一所在の豊田簡易裁判所において、前記代理人弁護士守山孝三をして、同裁判所に対し、前記トヨタ自動車株式会社発行の千株券二三枚の紛失を理由とした公示催告の申立てをさせた上、公示催告期間満了後の平成八年九月二日、情を知らない復代理人弁護士越智〓保をして、同裁判所に対し、右株券についての除権判決の申立てをさせ、同日、同裁判所から右株券の無効を宣言する旨の除権判決を得、右株券を失効させて千代田生命保険相互会社の同株式についての質権を喪失させ、よって、同社に右トヨタ自動車株式会社株式の時価総額である六〇〇三万円相当の財産上の損害を加え、
第二 平成七年一〇月二〇日ころ、株券再発行申請手続等の代行業者である東京都千代田区丸の内一丁目五番一号新丸の内ビルヂング所在の東京証券代行株式会社あてに、前記株式会社日立製作所発行にかかる株券についての株券喪失届、株券紛失状況に関する上申書、公示催告申立て及び除権判決申立て等についての弁護士大島やよいらあての委任状等を郵送して、右東京証券代行株式会社に対し、右株式会社日立製作所発行にかかる株券の紛失を理由とする除権判決等の申立手続の代行を依頼し、平成七年一一月一六日、東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在の東京簡易裁判所において、シャングリア株式会社から除権判決等の申立手続に関し委任された情を知らない代理人弁護士大島やよいらをして、同裁判所に対し、右株式会社日立製作所発行の千株券一〇枚の紛失を理由とした公示催告の申立てをさせた上、公示催告期間満了後の平成八年八月二八日、右弁護士大島やよいをして、同裁判所に対し、右株券についての除権判決の申立てをさせ、同日、同裁判所から右株券の無効を宣言する旨の除権判決を得、右株券を失効させて千代田生命保険相互会社の同株式についての質権を喪失させ、よって、同社に右株式会社日立製作所株式の時価総額である九九二万円相当の財産上の損害を加えた。
(証拠)省略
(補足説明)
弁護人は、「株式につき質権設定契約が締結された後、質権設定者が質権者に株券を引き渡して、対抗要件を取得せしめれば、質権設定者の質権者に対する他人の事務は終了するから、質権者設定者は、それ以後は、質権者に対し、他人の事務を処理する者とはいえず、背任罪が成立することはない。したがって、被告人が、質権者である千代田生命保険相互会社に対し、本件株券を引き渡した時点で、被告人の他人の事務は終了しており、被告人は、背任罪の主体とはなりえないから、無罪である。」旨主張するので、以下説明する。
質権者は、質権の対抗要件を取得した後も、質権の担保価値を保全する必要がある。そして、質権設定者は、質権者の質権の担保価値を保全する義務があるというべきであり、右義務は、質権設定者の固有の事務とはいえず、質権者のためにする質権者の事務というべきであるから、質権設定者は、他人である質権者のためにその事務を処理する者といえる。けだし、質権設定者は、質権者に対して対抗要件を取得せしめた後も、公示催告の申立てをし、除権判決を得る方法により、質権の目的物である株券を失効させることができる立場にある、すなわち、形式的には、株券を処分しうる地位にあるといえるからである。
したがって、質権者が対抗要件を取得したからといって、質権設定者の質権者のためにする事務がすべて終了するものとはいえない。質権設定者の質権の担保価値を保全する事務は、株券を失効させるような行為をしないという消極的な事務を含むと解すべきであるから、質権設定者が、株券について除権判決を得て株券を失効させることは、背任罪にいう任務に背く行為といえる。
被告人は、質権者のために質権者の事務である質権の担保価値を保全する事務を処理する者であるところ、その任務に背いて、判示のとおり、シャングリア株式会社の利益を図る目的で、各株券について除権判決を得て、各株券を失効させ、各株式についての質権を喪失させて、質権者である千代田生命保険相互会社に財産上の損害を加えたのであるから、背任罪が成立することは明らかである。
弁護人の右主張は採用できない。
(適用法令)
罰条 第一、第二につき、いずれも刑法二四七条
刑種の選択 第一、第二につき、いずれも懲役刑
併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い第一の罪の刑に加重)
刑の執行猶予 刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、シャングリア株式会社の代表取締役である被告人が、質権の目的物である株券を紛失したという虚偽の理由で、除権判決を得て株券を失効させ、質権者に対し、八〇〇〇万円余りの損害を加えたという背任の事案である。
被告人は、会社の資金繰りに窮し、担保となっていた株券の再発行を得て、資金を得ようとしたものであって、動機は、自己中心的なものであり、その態様も、除権判決制度を悪用し、担保権者の信頼を裏切り、取引の安全を害したものであって、極めて悪質である。財産上の損害額も多額で、被告人の刑事責任は軽視できない。
他方、本件は、被告人が専務取締役をして経理を担当している、シャングリア株式会社の同族会社である株式会社菅沼製作所の代表取締役で、被告人の兄である菅沼努から、菅沼一族のためという理由で執拗に説得されて敢行した側面も否定できないこと、被害者とは示談が成立し、被害者は宥恕していること、被告人に前科はなく、これまで真面目に社会生活をしてきたものであって、相当期間の勾留を経て、真摯に反省していることなど、被告人にとって有利な事情も認められる。
そこで、以上の諸事情を総合考慮して、被告人に対しては、刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
(検察官樋口勝男、私選弁護人野嶋真人各出席)
(求刑 懲役二年)